法要や法事やるやらない?自粛時の葬祭事の本音と建前 

冠婚葬祭

先日、葬祭事業者として働いていた時に親しくさせていただいていたご住職にお会いしました。

今の自粛時の葬祭事について立ち話をしたんですけど

お寺様側も大変なんだな~…とちょっと複雑な心境(;´・ω・)

 

この、ご住職様の先代の住職は昨年亡くなられて、暮れにお葬式をしたばかり。

今年の新盆法要は、自粛ムードですけどお寺様ではどうするんですか?ってお話から

一般家庭の傾向なんかも、ご住職様の本音を交えながら聞かせていただいちゃったので

私の見解も交えてシェアさせていただきます。

スポンサーリンク

葬祭事って本音と建前にも裏の裏…の裏?があってホントややこしい

 

葬祭事って言っても、人が亡くなった後の儀式的な事に関しては大なり小なり何かはしなければならない現代なので、火葬・葬儀・告別式などに関しては今回のお話では別にして

 

法要や法事って簡素化や、やらない事も可能なだけに

この自粛ムードの中どうすればいいんだろ?って悩みどころ。

新盆は簡単に家族だけでも盆提灯は必要?の場合のおすすめは?でも、軽く触れてますが

平常時でも、家族だけで小さく行うのだって全然アリなわけで。

小さな規模で執り行うと割り切っている場合はいいとして

 

このご時世で困惑するとしたら

昔ながらの形式に則って、しっかりした法要・法事を今までしてきたお宅だと思うんです。

事前に日程を決めて

出席者に日時と出席のお願いのお知らせをして

お坊さんにもしっかりと供養のお経をいただいて

法要後のお食事や引物もつけて…

っていう、丁寧な法事を執り行うのを常として継承している場合は

この自粛ムードのなか、やるべきがやらざるべきか悩みどころですよね。

自粛に重きをおいている場合

今は、自粛した方がいいんじゃないか派としては

人が集まる儀式は控えて人数も同居家族程度に抑えて、お墓参りをする位にしよう

と決めても気になるのが親族や親戚、ご近所の方たちから

『先祖をないがしろにしてる』とか何とか思われるじゃないか?って気になってしまいますよね。

人数に関しても人によって認識違いがあったりして

いくら自粛って言っても同居家族だけって…ねぇ。。?

と理解してもらえないんじゃないか?と、どうにも思いきれないモヤモヤ感が拭い去れず悩む。

お弔いに重きをおいた場合

一方、そうは言っても和尚さんや親族・親戚くらいはお呼びして、懇ろに供養をした方がいいんじゃないか?

と計画しても、お呼びする相手側が

え?敢えてこの時期に集まってやるんかいな?非常識やな…

なんて、思われるんじゃないか?とこれまたモヤモヤ。

 

もう!!どうすればいいの??

施主側としたって、高齢者も多く集まるような事はできれば避けたいよ!

もし、そこで感染なんて事が発生したら大事だし。

それでも…

今年の初盆はどうするの?

提灯は飾らないのかい?

そうは言っても初めてのお盆だしねぇ…

なんて、施主の心知らずの親戚からプレッシャーかけられたりして…

施主側としては、どこまでおもんばかればいいのか??

今まで、冠婚葬祭を大変ながらもしっかりと執り行ってきたからこその悩み。

簡素化・略式になりがちな現代の風潮に流されず、伝統にのっとって継承してきたのに今回ばかりは…ですよね。

 

じゃあ、日本の宗教の大半を占める仏教のお寺様はどう思ってるんでしょう?

先日の立ち話で伺った事から推測してみますね。

和尚さんだって、本音は控えたいと思ってた法要・法事…でも…??

自粛中の法要で読経する僧侶

家が、ご近所なので私服でお会いする事も多い和尚さん。

珍しく…も失礼ですけど汗…その日は袈裟をきていらっしゃったので

ちまめ
これから、お務めですか?

と声をかけました。

和尚さん

本寺に先代の新盆法要のお願いに伺う所です。

との事。

ちまめ
やっぱり、お寺様はこんなご時世でもしっかりと法要されるんですね汗
和尚さん

やはり…立場上、周りのお寺さん・檀家さんの手前もあるので

お斎(会食)は、料理の小堤をお持ち帰りしていただく形で法要はやらないとですね汗

『立場上』・『やらないと』という言葉尻から推測するに、やはりお寺様でも控えた方がいいのでは?

という思いはあるようです。

さらに、もう少し突っ込んで聞いてみました。

ちまめ
一般のご家庭はどうですか?
和尚さん

今年は、やはり新盆法要自体をやらないお宅も多いですね。

一応、新盆のお宅には声がけはしてますけど…

ここに、あからさまに言うに言えないお寺様の本音も見え隠れ

『お布施に関して』です。

お布施って、現世での修行の一つなんて言われてますけど

実際、お寺を維持する為だったり、お寺をお守りしている住職やその家族の生活を助ける為に使われたりもしているわけです。

お葬式や法要・法事を執り行わないとなると、お寺様としても厳しいのは当然ですよね。

スポンサーリンク

少し、生々しいお話になりますが…

お葬式も今年は、会食なしや火葬のみ、お通夜はやらないなどなど縮小傾向が進んでいます。

今までは、お経を読む導師は脇の僧侶も含めて3人から多い時は7人がお務めされる事も珍しくなかったのに、一人で導師を務める事が多いとの事。

そうなると、今まで脇導師として呼ばれた時に戴いていたお布施もなくなり

法要や法事もしないお宅が増えると、そこでのお布施もなくなり

お寺を維持していくのも、かなり厳しい状況になってる…んだそうです。

確かにな。。。(;´・ω・)

と、下世話ではありますがお寺さんの懐事情を想像してしまいました。

宗教観の変化にまで進度を早めさせた自粛という出来事

私自身は、葬祭業という仕事をしていたにも関わらず

決して熱心な仏教徒でもなく、伝統を重んじて昔ながらの儀式を継承していかなければいけないとも思っていない派です。

だって、お経の中にも『諸行無常』という言葉がある通り

この世の現実存在(森羅万象)はすべて、すがたも本質も常に流動変化するものであり、一瞬といえども存在は同一性を保持することができないことをいう。

出典:Wikipedia

宗教といえども、ずっと同じ形で維持していくとは限らないわけです。

この自粛ムードがなくてもただでさえ、冠婚葬祭は簡略・略式 が進んできていて

葬祭事業だって変な話生き残りに必死みたい事が起こっています。

 

お寺様も同じで。

檀家離れや墓じまいで、実際小さなお寺は淘汰されてなくなっている事も確か。

親しくさせていただいているだけに、とてもとても心苦しいけれど

ご近所の住職様のご心配事も時代の流れとしては致し方ないのかな…と感じています。

もし、お寺を維持していく・仏教を浸透させるんだとしたら

改めて新しい形で親しまれ広まる方法を模索していくしかないんじゃないかな?と思っています。

 

かつての日蓮や親鸞も当時としては手探りで、時にやらかして島流しになったりしながら布教に務めて大聖人と呼ばれるようになったわけです。

現代の仏教は、あまりにもかつての大聖人の功績に乗っかり過ぎだったんだろうな…

なんて思ってます。個人的にですが。

あぁ~…少々辛辣になってしまったΣ( ̄Д ̄;)

 

でも、実際に2020年の大騒動で、こういう傾向は更に加速していく事になってしましました。

 

あ。本題にもどり

で?結局、我が家の法事はどうすればいいの??って所ですが。

結論:自粛ムードの中の新盆法要どうする?

単純明快!

【施主様の意向通りに】

これしかないと思うんです。

 

●ご先祖の供養を手厚く懇ろに弔う行事は、ないがしろには出来ないという思いを大切にしたい。

●昔ながらの伝統は大切だとは思うけれど、逆に近しい人の命を脅かす危険は避けたい。

●時代や世代交代と共に、形式にとらわれない方法で弔ってもいいのではないか?

●そうは言っても周りの意見を取り入れないと厳しい環境だから、建前も軽んじるわけにはいかない。

 

それぞれの想いや事情によって、どこに重きを置くか。

施主として、どこが一番最重要事項なのか?

今一度、迷いを削ぎ落して大切にするもの、大切にしなければならないものを洗い出してみてください。

 

お寺のご住職でさえ、迷いがあり建前と本音がありつつ

【お寺としての立場】を最重要事項としたわけです。

 

元葬祭事業者として、色々な事情をお持ちのご遺族の方々を見てきた中で

答えはコレ!!と言えないもどかしさと

結局、最終的には喪主様・施主様の意向を最終決定とするしかない。という事をたくさん経験してきました。

 

度々ありがちなケースですが、親族の中に長老のような方がいて、その方の意見を聞かないと騒動になる…という環境だったしても

・その意見を取り入れるのも施主様

・取り入れないという選択をするのも施主様

どっちが正解という事ではなく、喪主様・施主様が選んだ方法が正解である。

が、答えだと思っています。

まとめ:法要や法事やるやらない?自粛時の葬祭事の本音と建前

自粛に対しても、感じ方や捉え方の差があって外出や旅行の許容範囲も個人さがあるものです。

更に、親戚や近所が一堂に会する葬祭事に関しても県外からの往来を余儀なくされるケースも。

ただの、お出かけ程度なら自分の許容範囲内で判断できるけど

冠婚葬祭となると、【不義理をしてはいけない】という建前の作用が働くし

相手方の想いまで汲み取らなきゃいけないと考えてしまいがちです。

 

でも、相手方が何人もいて何通りもの想いや価値観が重なれば全てを汲み取っての答えなんて見つかるわけがありません。

自分が決定するって責任重大で本当にご苦労で、重荷な事だけれど…

施主様が、一番良いと思う方法が大正解です。

どうぞ、あまり気負わずに自分がしたいと思う供養をしてください。

スポンサーリンク